アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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鬱の意味

もう鬱と付き合い続けて何年になるんだろう。
日本を出るきっかけとなったのも鬱病だった。
その時ほど酷い状態には最近なってないけれど、
たまに心に訪れては去っていく、厄介な客、鬱。

こないだまでも、毎日忙しいのにも関わらずいつの間にかやってきて、
でも大事な事で忙しい時に鬱なんかに邪魔されたくなくて、
無視して上手くやって毎日の充実を楽しんでいた。
そしたら、ホリデーに入って暇になった途端、ドーンと心の隙に入ってきやがった。

”はいはい、分かりましたよ。今まで無視しててすみませんでした。
やっと暇になったから、思う存分向き合ってあげようじゃないですか。”

数日間かけてそれまで溜めていたネガティブな感情や思考と向き合い、
体の痛みをほぐす、聞いてくれる人に話す、寝たいだけ寝る、涙を流す
様々な方法で流しだした後、パートナーと大好きな自然を見て大好きな音楽を聴いて心を満たしていく。
そうやって1か月ほど私の心にちょっかいを出していた厄介なお客様には丁重に退散していただきました。

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音の和

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最近、バンド活動が私のハッピーの要素の大部分を占めている。3年半くらい前に遊びで楽器を合わせてみたらすごく楽しくて自然発生的に生まれたバンドで、ここ1,2年でちょこちょこコミュニティイベントなどで演奏させてもらう機会をいただくようになった。

キャプチャ 

「和バンド」という名前も、遊びながら
「なんか『和』って付けたい」「じゃ、『和バンド』でいぃんじゃね?」「We are 和バンド~♪」
的なノリでテキトーに自分たちのことをそう呼び始めたらそれが定着してしまった感じなのですが、実はこの「和」という文字には色んな思いが込められているんです。

    和風の「和」
    調和の「和」
    和みの「和」
    足し算の「和」

和っぽいゆったりした和み系の曲を好んで演奏していることや、違う音を足していって音の調和を作り上げる楽しみを伝えたいという気持ち。そして、音を一緒に出して一つの音楽を皆で楽しむことで、そこに人の気持ちの繋がりができる。それもまた、和(輪)だなって。

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I ♡ Cairns

ケアンズって街は、住んでる人にとって暑くて小さくて住みづらい田舎町という印象なのかなぁ?
今日、人と話していて疑問に思った。

私はケアンズのような場所をわざわざ探してここに的を絞って就職活動をしたくらい、この場所が大好き。暖かくて雨も多いトロピカル気候、それによって育つ深い森、その森によって保たれるユニークで希少な生態系。自然がすぐそばにあることで生まれる人間性、自然の魅力に惹かれて集まった多様な人種、その中でも割とメジャーな割合を占める日本人コミュニティという自分の居場所。その全部がそろう場所なんて、世界中どこを探してもないだろうって自信持って言えるくらい、私にとってこの街は特別な場所。

今日は友人とディープな話をした。東京みたいに大きな町に住んでいると、自然の流れが見えなくなる。個人より社会ありきの集合体の中では、ある物、起こる事全てが人工的に造られたもので、本当に必要だから作られた物、起こった事がどれなのか分からなくなる。ケアンズにいると、基本的に社会よりも個人ありきだから、作りたい、やりたいという自然に生じたエネルギーから物が生まれ何かが起こるように感じる。まるで手入れをしていない庭で植物が好きなように成長するように。

手入れをされた庭はきちんとしていて全体の調和は取れているのかもしれない。でも、人間が欲しくない植物は“雑草”として排除される。手入れをされていない庭のようなケアンズでは、一人一人が自分らしく生きていていい場所のように感じる。もちろんその分、なんでもあり!なシッチャカメッチャカさも出てきてしまうし、それも「さすがケアンズ」というか、小さな町ならではな雰囲気になっているのだと思う。そのシッチャカメッチャカな社会に振り回されて迷惑被った事だってもう数えきれないくらいある。それが一度に重なって、生活さえも危ぶまれるほど打撃を食らうこともある。けど、そういう打撃すらも、「何か意味があって起きているんだな」と素直に受け入れて流れが変わるのを辛抱強く待てるくらい、私は自然に起きる流れを信用できるようになった。自らの経験を以て。

コミュニティを形成する人の意志が自分に素直だからこそ、そこから生み出される社会の流れっていうものは生まれるべくして生じている流れであって、たとえそれが自分に不利益をもたらしても、無駄な流れなどないと思い素直に受け入れられる。小さいコミュニティだからこそ、自分が生み出している流れがコミュニティに伝わって一周して自分に返ってくるのが早い。だから生きがいも感じやすい。


みんなが伸び放題の庭では、庭全体のバランス次第で、上に伸びられない時はどうしたって伸びられない。でもその代わり、雑草扱いされて引っこ抜かれることもない。花を咲かせたいのにつぼみを剪定されることもない。伸びられない時は地下で根っこを伸ばしていれば、そのうちチャンスが訪れた時に伸びたいように伸び、時が来れば花だって咲かせられる。そんな自由さがケアンズにはあって、それがこの街の魅力ではないかと思う。だから、この街に住んでいる限り、自分に素直であり続け、周りの流れにも素直に逆らわず、コミュニティと関りながら自然な流れを自ら作り出していきたいと思った。 



接客、飼育、栽培、教育

この長い夏休みの間、実は私、あるお店でご縁があって1か月アルバイトをしていました。日本人観光客も多い観光地で主にスキンケア商品を販売するお仕事。販売の仕事は日本でもケアンズでもやったことはあったので、久しぶりではありましたが特に苦労することもなく毎日楽しく接客を楽しむことができました。普段使う機会の少ない敬語やきれいな言葉を使ってしゃべるのは何か気持ちがいいし、店のテスターを使ってみたりアクセサリーを身につけたりするのも普段の自分とは違う自分になれるようで楽しかった。そうやって自分が感じたお店の商品の魅力がお客さんに伝わるのが嬉しくて、別に売り上げに貢献してもコミションが出るわけじゃないけど、ただお客さんにハッピーな買い物をしてもらいたい気持ちで楽しくお話しながら接客していました。
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<お店のジュエリーコーナーには私の折り紙イヤリングも置かせていただけることに!>
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「がんばった」幸せ、「がんばらない」幸せ

今年もまもなく終わろうとしています。今年は去年までの数年間とは比べ物にならないくらい自由に気持ちの赴くままに一年を過ごすことができました。去年まで4年間所属していた学校を思い切って離れたことで、時間だけでなく気持ち的にもオープンになることができて、自分に必要なものがどんどん入ってくるようになった一年間でした。もちろん、去年まで働いていた学校への愛着は簡単になくせるものではなく、生徒たちやアシスタントの子たちとすごした日々を懐かしく思い出すこともよくあります。でもそれ以上に、どこにも所属していないカジュアルの身であることで、色んなところから声がかかるようになったことが嬉しくて楽しくて、結果的には心の穴なんか開く間もないほど充実した毎日を送ることができました。


2017年は


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転がりながら築いてきたもの

「Yukaさんの今があるのは、これまで何年もかけて築いてきた人脈の賜物ですよ。」

親しい友人のそんな何気ない一言が、自分が今いかに恵まれているかを気づかせてくれ、感謝が込み上げてきた日曜の午後。言われてみたら、確かに今週末一つとっただけでも、本当に色んな人との関わりが私の毎日を充実したものにしてくれている。今週末は特に色々な人と一緒に時間を過ごし、新しい出会い、数年ぶりの再会、いつもの仲間との楽しい時間、色々あって盛り沢山でした。ふだん記録にも残さずに過ぎていく週末のこと、こう気づけた時に書き残してみようかな。


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〈奇麗な夕焼けを背に寝床に就くキバタンの群れ。〉
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転がる石に苔むさず

図1

転がる石に苔むさず という諺をご存知でしょうか。英語ではA rolling stone gathers no mossと訳されたりするのですが、実はこの諺、日本と英語圏(特にアメリカなど)では異なる解釈をされている諺の一例なんです。

日本では、苔は観賞用にわざわざ時間をかけて育てたりするように、何かが「苔むす」ことを「美しい」と捉える傾向にあります。実際日本人の私も、深い森の中で苔に覆われた大木や岩を見ると、その美しさに何か神聖な気持ちになるものです。苔は、環境の変化が少ないところにじっくりと時間をかけて育つので、苔が生えるということは、安定した状態が長く続くことを象徴し、それが国歌「君が代」の中にも歌われています。では「転がる石に苔むさず」ということわざは日本でどういうふうに使われるかというと、「あまりコロコロと仕事や環境などを変えていると何も身につかない」「一つの場所に腰を据えて時間をかけて色んなものを築き上げていくことが大切」という意味で使われるようです。実際、履歴書の職歴欄に転職歴が沢山書かれていると日本では就職に不利になるのが現実。一つの場所に正社員として長くいたという実績の方が高く評価される社会です。

一方アメリカなどの英語圏の国では、苔(moss)は“石についてしまう汚れ”というふうに捉え、上のことわざの中でいうと、苔は“長い間同じ環境にいることで知らず知らずに身についてしまう悪い癖や、偏った考え方”などを例えるそうです。つまりA rolling stone gathers no mossのことわざは、「積極的に自分から動いていれば、余計なものに惑わされず、常に新鮮でいられる」という解釈となります。履歴書の職歴欄にも、様々なジャンルの仕事をしたりコミュニティ活動をしたりという履歴がある方が「幅広い経験とスキルがある」と判断され、就職にも有利になります。


どちらの解釈もそれぞれの文化や考え方の傾向を表していて、真逆な解釈ながらも、両方に納得できるので、私はよく“国が違えば考え方も違う”という話をするときにこの諺を例に出します。

私のこれまでの人生においても、この解釈の違いをとても実感しました。今日はそのことを自分のこれまでを振り返りながらまとめてみます。


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新しい風

去年いっぱいで4年務めた学校のポジションを降り、自分の生活の多くを占めていたものが一つ減りました。授業やイベントの準備、メールのやりとりなどに自分の時間の多くを費やしていたものから解放され、心に余裕ができた結果、それまで忙しくてなかなか会えずにいた人と会うことができたり、新しい出会いや数年ぶりの人との再会の機会も作ることができ、本当によかったなと思っています。体調もずっと好調で、「あれがしたい」「これもしたい」と色んなワクワク感が沸いてきて、5年前の絶好調だった時の心の感覚が戻って来ているように感じています。
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<ゆったりと家でガーデニングをする余裕も出てきた今日このごろ。>

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次のステージへ

今年ももうすぐ終わりですね。
もう知っているかもしれませんが、実は私 今年いっぱいで4年間勤めた学校のポジションをひとまず別の方にお譲りすることにしました。

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<職場の送別会にて>




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不運の中の幸せ

前回、信じられないほどの不運続きな状況を書いてから、さらに1か月半。車を盗まれてからはもうすぐ3か月が経つ。信じられないことに、愛車はまだ修理から帰ってきていない。先月しびれを切らして修理会社に電話したところ、リペアラーとメカニックスの間でミスコミュニケーションが生じていて、ペーパーワークが行ったり来たりしていただけで、2か月待っている間、肝心の修理は行われていなかった!不満を伝えてもリペアラーは「私たちはベストを尽くした。メカニクスが信じられないわ。」というし、保険会社に不満を伝えても「私たちはこれ以上何もできない」という。謝る言葉もなく、ただひたすら遅れている“理由”を説明してくるが、言い訳にしか聞こえない。幸い同居人と彼の車は戻ってきたので、今は二人で1台をシェアする生活。仕事にも家庭教師に行くにも、送り迎えか歩きの生活。ガソリン代はいつもの倍かかるし、もちろん同居人の生活の自由度も減ってしまっている。けれど、車が一台でもあってありがたい、と思うようにして、それ以上は考えないようにしている。



そして、家のオーナーが突然家を売ることにして、5月末までに引っ越せと言われていた件。
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不運つづき

ここ最近、不運なことがすごく重なった。
12月末に巻き込まれた交通事故による車の修理に1ヶ月半もかかり、2月初めにやっと直って帰って来た愛車が、そのたった2週間後に泥棒に盗まれ、一晩乗り回された挙句に翌日壊された状態で草薮に乗り捨てられていた。私の車だけでなく、同居人の車も。2台とも修理が必要で、警察が指紋などを集めるのを1週間待ってからそれぞれの保険会社の指示に従い、修理に預けることに。それからまたさらに一ヶ月半、どういうわけか未だに修理は終わらない。修理会社に確認の電話を入れても、色々と理由を言われて先延ばし先延ばしで今に至る。
車がない間、保険会社や複数の友人から車を借りては返して毎日の移動手段をまかなってきたが、12月の事故から数えてその代車の数はついに2桁に突入。しかも、車の盗難事件の後に数週間後やっと借りられた保険会社の代車を借りてたった2日後、出勤途中の渋滞で後ろの車に突っ込まれてしまい、ダメージ。もうあまりの不運続きに笑うしかなかった。その代車の代車も返却期限が過ぎ、有料のレンタカーでしばらく繋いだ後、現在はありがたいことに知り合いの人が娘さんの車を貸してくださっている。
車を貸してくれた多くの知り合いの方や保険のサービスにはもちろん感謝しているが、自分の名前で保険に入った乗り慣れた車に早く乗りたいというのが本音だ。

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2015年を振り返る

2015年のコミュニティ活動暦を振り返りながらししみじみと思い返す。今年もよく動いたなぁ。折り紙もピアノもウクレレもドライブも旅行も楽しんだ。仕事も頑張ったし、体のメンテナンスにもそれなりに時間を費やしたし、プライベートも充実していた。どのタイミングを切り取っても、私は人と関わりながら自分の好きなことをシェアするのが大好きで、絶えずそうしてきたなぁと。それが仕事であれ、コミュニティー活動であれ、趣味であれ。そんな風に毎日を楽しめるのは、周りの人が興味を持ってくれたり、頼ってくれたり、一緒に時間を過ごしてくれるお陰。2015年も充実な一年でした。周りの皆さまに本当に感謝です。そして、2016年もどうぞよろしくお願いします。

ちなみに今年のコミュニティ活動暦と今年作った折り紙作品の写真たちを以下のページにまとめてみましたので、よかったらご覧ください。
2015年コミュニティ活動暦: http://animal-education.jimdo.com/animal-education-works/2015/
2015年折り紙作品: http://animal-education.jimdo.com/origami/2015/

3.11に想うこと

昨日で東日本大震災から4年が経った。あの時私はケアンズに引っ越して間もないころで、新生活に馴染むのにいっぱいいっぱいで、テレビも見ない生活を送っていたため、事の重大さに気づくのに時間がかかった。幸い私の家族も友人も誰も大きな被害に遭った人はおらず、原発事故の意味することもすぐには呑み込めなかった。事故から数か月経った頃から、放射能から逃れるために当てもなく子連れでケアンズに移住してくる家族が増えたことで、ジワジワと日本で震災後何が起きているのかを実感させられるようになっていった。

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 2012年「被災地の旅」日記より

あの日日本にもおらず、メディアや人を通じてしか状況が分からない事が何となく恥ずかしいというか、海外に住む日本語教師として心に刻んでおかなければいけないことだろうと思って、震災から1年半後の帰国時に、被災地まで行ってきた。自分の目で見たこと、現地の人に直接聞いたこと、そこで感じたことなど、このブログにも書いていたので、今日をきっかけに読み返した。(「被災地の旅」 http://yuka2005diary.blog6.fc2.com/blog-entry-265.html
また、日本のテレビが見られる友人の家にお邪魔して、今日は震災関係の特集を見させてもらっていた。自分で訪ねた被災地の映像が映る度、その時に感じた気持ちが強く蘇り、これからも自分のできることを続けて行こうという気持ちになった。


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変えられないことを受け入れること その5

職業がら、自閉症やADHDと言われる注意欠陥多動性障害などの発達障害を持つ子供たちを相手にすることも多く、また自分自身に関連付けられることも多いため、これらの発達障害には人一倍知識と理解を深めてきた。こういった発達障害の特徴が当てはまる人たちに対する社会の理解を深める機会を何とか作れないかとこれまでしょっちゅう考えてきたきたものの、自分は専門家ではないし、簡単に理解を得られるような内容ではないセンシティブな内容だし、下手すれば自分自身を不利な状況に追いやるようなことにもなり得るので、機会をなかなか作れずにいた。

今年に入って担当するクラス数が倍に増え、教師として発達障害を抱える子供を相手にする機会も増えた。そして自分自身も、発達障害に当てはめられるような「自分の中の壁」と真剣に向き合う場面が何度もあり、「やっぱり発達障害について世の中にもっと知って欲しい」と思う気持ちがどんどん強くなっていった。

スクールホリデーに入った今、発達障害に関するウェブサイトを読んでいたら、4月が「Autism awareness month(自閉症に対する認識向上の月)」だと書いてあった。また、日本のテレビ番組でも少しずつこういった障害について取り上げられているのを見たりして、伝えるとしたら今かもしれないと思った。そう気づいたこの時に、いつも伝えたいと思っていた胸の内を、勇気を出してつづってみようと思う。
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魔法の質問講座

「質問で人生は変わる」というスローガンで「魔法の質問講座」を世界中でされて回っているマツダミヒロさんという方の講演会に行ってきました。
今回のテーマは「お金と幸せ」というテーマでしたが、素直に感じたテーマは、お金というよりも「仕事と幸せ」だったのかな?と思いました。そのテーマでいうと、1)需要もあり2)自分の得意分野も活かせてて、なおかつ3)仕事が好きと思えている今の自分は、かなりハイランクの「幸せ者」になるのかなということに改めて気づかされました。まぁ、教育はビジネスとはまた違うから、教育という仕事に関しては「お金が入れば幸せ」というわけではないので、その部分に関しては疑問は残りますが。。お金云々を抜きにして色々考えた結果、自分が心から『幸せ」と感じられるために唯一あと必要なものは「自信」だなと思いました。自分に自信さえ持てれば・・・とも思ったのですが、でも自信がないからこその努力体質でもあるし、自分に自信の持てない子供や若い子の気持ちが分かってあげられるし、と思うと、むしろ自分のそういう部分もポジティブに受け入れて、100%自信満々に「私、幸せです!」と思えてなくても、頭で「幸せ」って分かってるんだからそれでいいのかなと。というか、「好きなことしてお金が儲かってるので幸せです!」と自信持って言いきれてしまう方が何か危険な気がしてしまうので、やっぱり私は100%の幸せを求めずに、常に疑問を持ち、考えながら進んでいくことが自分の生き方なのだなという結論に落ち着きました。
というわけで、今回も周りの皆さんとは全然違う捉え方をして全然違う答えを見つけて帰っていった私でしたが、今日はそれさえもすんなりと受け入れて帰れたので、まぁ収穫なのかなと。これからも自分らしさをどんどん仕事や活動に活かして『幸せ』をキープしつつも、教師として、また一人の人間として、考えること、つまり自分に質問を問いかけることを続けていきたいと思いました。



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