アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

スピーチコンテスト

今日は日本語スピーチコンテストのお手伝いとして、審査員をさせていただきました。ジュニア部門だけだけど。
日本語のスピーチコンテストを見たのは実は初めてだったのだけど、すごく貴重な経験になった。
まず感心したのが、参加者の日本語能力の高さ。下は6年生から上は大学生まで、本当に様々なレベルと内容のスピーチを聞くことができたけど、中には日本人がしゃべっているかのような錯覚に陥るほどの流暢なスピーチもあって、ブリスベン・ゴールドコースト地域の日本語教育への力の入れ方が改めてよく分かった。


審査をさせていただいて思ったのは、個性あふれるスピーチに点数や順位をつけることの難しさ。特にここまでハイレベルな日本語になると、日本語の正確さや流れよりも、それを越えたもの、つまりメッセージ性とか、デリバリー(ジェスチャー、アイコンタクト、声の使い方など)で差をつけることになる。けど、それぞれが違っていてみんないいスピーチだから、どうしても審査に好みとかが入りそうになる。
私が個人的に好きなスピーチは、最後にメッセージ性のあるスピーチや、自然と興味がそそられるような活き活きとしたデリバリー。特に、失敗の経験をばねに心に何かを決めてそれに向かって頑張っている系の内容とか、ジェスチャーと抑揚をうまく使って、普通あまり興味が沸かないような内容にぐいっと観衆を引き込む系のスピーチには高い点数をあげた。
出身の国によっても個性が現れて、面白かった。たとえばアングロサクソン系のオーストラリア人は、Tシャツにジーンズ姿、明らかにリラックスして、スピーチのところどころにジョークを入れる。順位よりも、自分の個性をいかに出すかっていう所に焦点を当てている感じ。それに対して、アジア系は、きちっと制服やフォーマルシャツを着て、内容も、マジメな内容が多い。一字一句覚えるために、何度も練習したんだろうなというのが伺えるものが多かった。スピーチを通じて、日本語を一生懸命勉強している子達の考えていることがよく分かって、とても印象深かった。と同時に、日本語教育が世界の橋渡しにどれだけ貢献しているかが分かって、魅力を感じた。


私も日本で大学生をしていたとき、英語のスピーチコンテストに何度か参加した経験がある。毎回優勝を目指して原稿を何度も添削してもらったり、暗記して鏡の前で声を出して何度も練習したのを思い出す。自分の中では完璧にできた!と思ったのに優勝できなかったとき、一位の子と自分を比べて納得がいかなくて悔しい思いをしたこともあった。けど、今思うと、理由が分かるように思う。スピーチをする側が一生懸命磨くものって、英語の正確さやデリバリーなどだけど、実際に審査されているものって、話す順番によって左右される全体的なインパクトとか、審査員の好みと合うかどうかとか、立ち振る舞いの好感度など、審査基準に書かれていないものが意外と大きい。今日シニア部門で優勝したのも、なまりの割と強いオーストラリア人だったけど、ユーモアと声の大きさで選ばれたんじゃないかっていう・・・。しっかりと暗記してきちっとスピーチをしたアジア系の子たちから不平が出そうな結果だったけど、審査員の半数以上がオーストラリア人だったことを考えると、まぁそんなもんなんだろうなと、妙に納得。



これから、教職の就職活動が本格的に始まる。このままの流れで日本語教師になるのか、もしかしたら叶うかもしれない”動物園のお姉さん”になる夢を追うのか、はたまたちょっと背伸びをして生物/理科の教師になるのか、色々考え中。今日も私は幸せです。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント


この記事に対するコメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://yuka2005diary.blog6.fc2.com/tb.php/120-b05a8372
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)