アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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大雨!浸水!そして考えたこと

翌朝、仕事の電話が入らなかったので、シェアメイトY子さんと一緒に引き続きリビングと台所を掃除した。

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<家具の裏まで雑巾がけ>

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<キラリちゃんが触るものを除菌>
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<雨続きで乾かない普段の洗濯物に加え、掃除や塞き止め用に使ったタオル類2ラウンド分を部屋中に干す>

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<水に浸かってしまったお尻を乾かすクマちゃんとワンちゃん>

そうしている間、情報が欲しくてローカルチャンネルやニュースをつけてみたのだけど、全然騒いでいる様子はない。天気予報になっても、「ケアンズ地方は大雨で、昨晩は大渋滞に見舞われました」としか言わず、停電などの警告が出ているわけでもない。普通に、昼時のくだらない番組ばかりが続く。

でもいつまでこの大雨が続くか分からないので、念のためY子さんがState of Emergency Service(SES)という州の機関に電話をして浸水した旨を伝えたら、更なる浸水を防ぐために、ビニールシートと土嚢を無料で置いて行ってくれた。やるじゃん、州政府!
掃除をしながら、ちょうど去年の今頃でっかいサイクロンが来て2日間停電を経験した話を聞いて、ろうそくと懐中電灯も一応準備し、電気の配線等を床から上げたりしておいた。これを機に、非常事態に備えるということを初めて自分で経験した。



そして「備えあれば憂いなし」と思い、念のため缶詰フードなどを買いに出てみた。
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スーパーの脇にある水路が、昨晩溢れ出た様子が明らかに分かる。でも、ショッピングセンターはいつも通り普通だし、この天気なのに仕事が入らなかったので今日は学校はどこも休校だったんだろうと思ったら、普通に子どもたちは学校の制服を着て歩いていた。他のファミリーの買い物かごを見ても、停電に備える様子など一切ない。ごく当たり前の日常の様子。


家についたら、お向かいのおじちゃんが道路を掃除していた。
「昨晩、なんともなかったですか?」
と聞くと、
「いや、何も。何かあったのかい?」
と。
「うち、キッチンとリビングが全部浸水して大変だったんですよ。」
というと、
「ああ、確かにあんたんトコは家が低いからねぇ。ほら見てみろ、あんたんちのこっちっ側もそっちっ側も、こうなって坂になってるだろ。で、あっちが山だろ。ちょうどあんたんトコがこの辺の水の通り道なんだよ。」
と説明してくれた。たしかに、うちは丘の途中にあるし、玄関の方に川とかがあるわけじゃないのに浸水したのは、丘の上から流れてくる雨水が道路を下り、その道路の中でも一番低いところにあるうちめがけて水が集まってくるんだなと。

他にもあちこちで「部屋まで浸水した」とか、「道路が水で分断されていて、30分の帰路を4時間かけて帰った」とか、「ワニ注意の警告がある川の水が裏口のすぐ手前まで来ている」とか、色んな話を聞いた。けど、ケアンズ人はそれでも全然普段どおり。川が溢れてちょっと日常が狂うことくらい、なんてことないんだな。






掃除中にシェアメイトと話している中で、こんなことを聞いた。
「東北で津波の被害にあった人の中には、こういうふうに言う人もいるんだって。『昔、あの辺の地域を自然を作り変えて一気に開拓してしまったのが、去年の津波の被害をさらに大きなものにしてしまったんじゃないか』って。」
確かに、水路をいじったり堤防を作ることで、今まで小さな津波を何度も防いできただろうし、それによる恩恵はかなりあったはず。だけど、ああやってまれに来る、堤防をはるかに越えるような大津波が来たときに初めて津波のパワーを知ったのでは、準備が間に合わなかった人も多かったのかもしれない。原子力発電所も、様々な現代の技術のお陰で「安全が保証されている」という安心感があったからこそ作ることができ、今まで使い続けることができていたのだろう。でも、自然のパワーがついにそれを越えてしまい、事故が起きてしまった。
そういったことを考えると、何十年も自然とともに生きてきて、当時東北地方の開拓に反対した今のおじいちゃん・おばあちゃんの世代が、今になって開拓を恨む気持ちも分かる気がする。


ケアンズでは、雨季になるとあちこちで川が溢れるのは毎年恒例のことのようで、今回みたいに、各家の単位で小さな被害にあったりするのが日常の一部。毎年大なり小なり被害が出ているにも関わらず、あんまり自然を作り変えて堤防を作ったりダムを作ったりということをしないみたいだ。だから各個人が洪水に備えて色々準備したり後始末をするのが当然のことになっている。そしていざ大きな被害が合った時は、お互い笑顔で助け合う。それがオーストラリアのやり方のようだ。
(関連記事、2011年の日記より:「ブリスベン水没」「オージースピリット炸裂!」「巨大サイクロン・YASI」)


自分も初めて水害を経験してみて思ったけど、この浸水の経験がなかったら、SESサービスの存在も知らなかっただろうし、ろうそくや缶詰フード、掃除用具一式が常に家にあることの重要性にも気づかなかっただろう。いつか来るかもしれない大災害に合う前にこういう経験ができて、ちょっとよかったなと思っている。独身である今のうちに、自然災害に対する免疫力をもっとつけておきたいと思った出来事でした。



そして最後に。去年、日本で津波の被害に合われた方は、私の合った水害の何百倍ものダメージを受け、その後食料を調達しようにも、物も自由に手に入らなかったことを思うと、本当に大変な事故だったんだなと改めて思う。ましてや、家族を失った人なんて・・。今も原発の問題が未解決なままで、心苦しく思いつつ、復興中の日本に想いを馳せています。と同時に、震災を機に少しずつ今までと違う方向に日本が変わりつつあることにも、希望を感じています。今後の日本がどう変わって行くのか見守りつつ、海外にいる自分だからこそできることをこれからもし続けて行きたいと思っています。
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