アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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被災地の旅―地元の人と交流編―

[はじめから読む]

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宿泊所に着き、一休みした後はみんなでバーベキュー♪女川特産のさんまやホタテ、石巻特産の焼きそばなどが豪華に振る舞われ、それらを焼きながらみんなでワイワイつまみつつ、ほかのツアー参加者やスタッフさんたちと交流を深めた。他のツアー参加者も、似たような年代層(20代~30代前半が多かった)も沢山いて、みんなそれぞれの思いでこのツアーに参加している人たちなので、仲良くなりやすかった。しかも帰宅後もFacebookで繋がれるという便利なご時世。またしても繋がりが広がりました♪


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この場には、実際津波の被害に遭った地元民の方々も呼ばれていました。バーベキューの合間に、キャンプファイヤーを囲みながらそれぞれの被災体験をお話ししてくださいました。

菊池さんのお話:
「地震の後津波が来ると思ってとりあえず家の二階に避難したのだが、バルコニーから目の前の家がどんどん流されているのを見た。みるみる建物や車が水に浮き、流されて来た。水の高さは、自分たちが立っているバルコニーのすぐ真下まで来ていた。迫りくる大型トラックを見ながら義父に「最期のいっぷくに付き合え」と言われ、お義父さんに「今までありがとう」と言ったその時、トラックが電線にひっかかり方向をくるっと変えて助かった。」

長井さんのお話:
「娘の卒業式の後、両親を連れて避難所へ行った。家が流されてしまったので、そこでしばらく生活した。避難所の名前を見て息子が3日後に差し入れを持ってきてくれた。被災して夫婦ともども無職になってしまい、サラリーマンしかやったことないので、この先仕事をどうしようか悩んでいる。今も仮設住宅暮らし。まさか自分が住むことになるとは思わなかった。」
(という内容を、東北弁でしゃべっているのを想像していただきたい。基本的にカ行とタ行が全部濁音になる感じ。)



お二人はさらにバーベキューでお酒を交わしながらも色々と話してくれました。

「被災直後、食べ物はどうしていたんですか?」
と聞くと、こんな答えが返ってきた。

菊池さん:
「自分は津波の後も壊れかけの自分の家に住んでいて、毎日水と食料を調達しに町を歩いたのだけど、食べ物は何気に色々落ちていて困らなかった。水産物を扱うお店から流れ出たと思われるタラバガニが丸々ひと箱落ちていたので、それを持って帰って食べたりした。他の人も先にそれを拾っていたのだが、みんな箱ごと持っていったりしないで、一人一匹しか持っていかなかったので、自分も一匹だけいただいた。こんな状況でも欲張らない日本人の気質に改めて誇りを感じた。」

長井さん:
「こういう状況になると、食べ物のありがたみが分かってより一層ご飯がおいしく感じられた。避難所でみんなで火を起こしたり水を汲んで来たりして炊いたおじやのうまかったのなんのって!落ちてたアワビなんかもなんでも鍋にぶち込んでさ。うまかったな~」




また、菊池さんがこんなことも話してくれました。
「生活は不便だったが、いいこともあった。特に、自衛隊の人たちがすごくよくしてくれたのに感心した。家回りの泥かきをしているときも、自衛隊は水を差しだしても飲まずに真面目に尽くしてくれた。かっこいい自衛隊の船の中にあるお風呂にも入れてもらって感激した。毎日あてもなく水を汲みに給水車を探し回る生活から、だんだん生活が改善されていくのも感じた。一部の地区で電気が復活したとき、『チクショウ、羨ましいな~』と思っていたら、ある家から延長コードが一本垂れていて、そこに『幸せのおすそわけです ご自由にお使いください』と書かれていて、人々の優しさを実感した。日本人は戦後も数々の震災も団結して乗り越えてきたから、大丈夫だと思った。自分は学習塾をやっていたので、子供たちのためにと大工さんが優先的に家を直してくれた。今もそれをやっているが、お客が先か商売が先かは鶏と卵のようなもの。人が今はいないから商売にはならないけど、人が石巻に戻ってきたときにそういう生活の基盤がすでにある状態を作っておきたいと思って、今自分ができることを頑張っている。」

今もまだ不便・不安な生活が続いていることでしょうが、そんな様子はあまり感じさせず、こんな状況でも人々の温かさや強さに目を向け、大丈夫だと信じ前向きに前進しようと頑張っている様子に、また元気をもらってしまいました。


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また、長井さんからもとても嬉しいお話が。

私が赤十字の義援金集めのイベントに折り紙で参加した話や、私たち日本人の呼びかけに沢山のケアンズの人たちが応じてくれたこと、そして協力してくれたケアンズ人にお礼を言うためのパレードも行われ、日本人が300人以上団結して大成功を収めたことなどの話などをすると、
「世界中でそうやって応援してくれている人がそんなにいるってことを知るとありがたいねぇ。わざわざオーストラリアからこんなとこまで来てくれて…。」
と目を細めていました。
「赤十字からの寄付金は、仮設住宅や避難所で、電気製品を支給するのに使われたよ。冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、テレビ、ポット、炊飯器の6点セットを赤十字が配ってくれたんだ。とても助かってありがたかったよ。」

ケアンズから赤十字に送った寄付金が家電となって被災者を助けたことを被災者の方から直接聞き、直接ありがとうと言われて、被災地まで来て本当に良かったと思いました。
このお礼はもちろん私個人でなく、ケアンズやその他色々な場所で義援金集めに協力してくれた沢山の人に向けてのお礼ですので、この場を借りて、せめてこれを読んでる皆さんにだけでもお伝えできればと思います。


つづく
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【2012/10/29 21:28】 | #[ 編集]


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