アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

母への想い

父のことよりももっと書くのに勇気がいるのが母のこと。でも書ける時に書いておこう。




正直、私と母の仲はあまり親密と言えるものではなかった。何かにつけて、考えが合わないことが多く、そして対等に話せると感じることも少ないため、お互いにとって一番いい距離を保とうとすると、自然と連絡が途絶えてしまいがちだった。
個性vs協調性、やりがいvsステータス、自由vs安定性など、世代の違いもあるかもしれないが、とにかく私と母の考えは相反することが多く、個性のひときわ強かった私は子供の時なんか姉・妹の数倍は母を悩ませたと思うし、大人になってからは逆に私が我慢しすぎて息詰まってしまった時期もある。そんな背景のある私と母の関係。


ところが、社会人になった今、気付くことがたくさんある。



小学校のころから塾に行かされ、勉強はできて当たり前、人様の前でなんでもきちんとできないのは大恥者、そんなプレッシャーを常に感じながら育った小学校時代。そういうプレッシャーが私の性分に合わず、家族の間で自分の素直な気持ちを言葉にするのがとても下手くそで、わざと困らせるようなことをしたり、ひょうきんな事ばかりして気持ちをごまかしてばかりだった。姉と妹は同じ環境下でもきちんとしていたので、私だけが「変な子」で、どうせ分かってもらえないんだと、家ではいつもひねくれていた。中学以降の反抗期には親とは全然口を利かなくなった。母が担任の先生に私のことを相談していたのも知っていた。でも、ひねくれていたのは家族の前でだけだったので、学校では普通にやっていることを聞いて、ますます母は理解に困っていた。大学受験の進路決め、そして入学後も将来の仕事のことなどを考えるのに何度も対立・あきらめが続き、関係は良いものにはならなかった。どうしていつも、母に人生の邪魔をされなければいけないんだろうと感じていた。

今思えば本当に苦労と心配をかけていたんだろうなぁと反省させられる。



でも、私が大学に行けなくなるほどの鬱病になってから、母が変わり始めたように思った。休学の挙句に出した、「大学を辞めて海外でやり直す」という飛んでもない結論にも納得してくれて、オーストラリアの大学を卒業するまで見守ってくれた。それまでの母の考えを思ったら、一度入った大学を辞めてやり直すなんて、きっと母的には百歩も二百歩も私に譲ってくれた気遣いだったのだろうなと、改めて感謝の念が湧いてくる。


挫折をきっかけに海外でやり直させてもらえたお蔭で今の幸せがあり、子供のころからバリバリ勉強させられていたお陰でそこまでのレールを自分で敷くことができた。個性が抑圧されていた時代があったお蔭で、今自分の生徒たちの個性をできるだけ伸ばしてあげようと思うことができている。ひねくれた行動を取る子供の気持ちも分かってあげることができる。

それまでは辛かった経験が、今の自分にすべて活かされている。そう思うと、母が与えてくれた教育は、すべて今のためにあったんだなと、本当にありがたく感じる。





そんな母が、それまで嫁・姑の関係を保つために、相当なプレッシャーを受けていたということを最近知った。


大阪出身の母が、実の母親と電話で話す時にも大阪弁が全く出ないのをすごく不思議に感じていたのだが、それも祖母(母にとっては姑)から「大阪弁はみっともないから直しなさい」と言われていたからだとか。協調性とかステータスとかにやたらうるさかったのも、きっと上からのプレッシャーによるものだったのだろうと思う。私を海外に出すのも、きっと上からどう思われるのかすごく気にしていたかもしれない。

私の気付かないところで、母が傘になって守られていたことが多々あったのではないかと思うと、そんな傘がうざったくてしょうがなかった未熟な自分が、今更ながら恥ずかしくなる。



せっかく一番の問題児だった私が社会人として独立してやっと自由になれたと思ったら、今度は祖母の世話に付きっきりにならなくてはいけなくなってしまった母。本当は自由になってやりたいことだって沢山あるだろうに、家族のために尽くす母。

そして、やっと目指していたものを手にできた私の今の幸せを喜んでくれている母。


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<日本を出ると決めた時、「もう帰って来ないつもりで行きなさいよ。」と言った母。
卒業・就職を報告できた時、今まで張りつめていたものからやっと解放された気がした。>



一緒に住んでいた時は束縛に感じることが多かったけど、やっぱり私の母も他の世間のお母さんたちと同じように、子の幸せを願っていてくれていたのだな。
様々なプレッシャーの中で、私がきちんと独立するまで、神経を詰まらせながら私を心配してくれていたのだろうな。




なんだかんだで、私の今の幸せを一番感謝すべき相手は、母なのかもしれない。

本当に今更なのですが、こんな場所で何ですが、私、あなたの娘でよかったです。ありがとう。

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