アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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変えられないものを受け入れること その2

きのう、聴覚処理障害の問題(前々回参照)とコミュニケーションの支障から来る不安症のことを、ある所属先で打ち明けました。常にノイズがある状況下でチームワークをしなければいけなかったり大人数で会話したりしなければいけない状況が続いたのと、これからも続くことが予想されたので、これ以上周りの人に見えないストレスを増やさないために、きちんと話して理解してもらうべきだと思ってのことでした。自分の学校の生徒とその親も聞いている状況下でした。本当に本当に勇気が要りました。言わないとやってられないようなほどにまでストレスになってしまったことが、悔しくてしかたなかった。


自然な流れなのかもしれないですが、話した後はほぼ無反応でした。どう反応していいのか分からないのは理解できるけど、正直、無反応が一番堪えます。話をしたことで、逆にとんでもなく不安になってしまった。話した直後、胃に穴が開きそうだった。今もまだ不安で、心臓に針が50本くらい刺さっているみたい。

でもそんな中でも、人の優しさに触れることができたのがありがたかった。話をした後、このことを先に相談していたうちの一人が「よく言ったね。」と言ってハグしてくれた。後から文章で情報を読んだ知った人のうち何人かも、「助けが要る時はいつでも言って。」と言ってくれた。何人かは、普段と変わらない態度でいつも通り接してくれた。もうそれだけで、十分にありがたいじゃないか。それ以上何も考えなければいい。

せっかく勇気を振り絞って話したので、できればこの機会にみんなに「正しく」理解してもらって、「正しく」(つまり私が本当に必要な部分で)助けてもらいたいと期待してしまうのが本望ですが、やっぱり何も期待せずに、できる限り今までどおりの自分を発揮し続けることが私の尽くせる最善なのかなぁ。今はまだ今後どう変わっていくかよく分からないので、うまく状況が好転してほしいと願いつつ、しばらくは様子を見ようと思う。何も変わらなかったら・・・、その先のことは今考えることではない。



仕事で自分と似た問題を抱えている子を相手にすることがよくあるけど、子供たちを見ていると、子供の方がよっぽど障害を受け入れるのが上手だなと思う。大人になってから分かった障害は、受け入れるのが本当に大変。偏見だらけの大人の社会の中で自分の中にもいつのまにか育ってしまった偏見が少なからずあるからだろう。自分の持っている特殊なものを、「障害」ではなくて、「ただ人と少し違うだけ」「個性」と心から思えるように、また人からもそう感じてもらえるように、自分がまずは100%受け入れなければいけないし、自分がそう思えるようになることで、社会自体を変えていくことだってできる。そう考えると、今のこの不安を乗り越えることは、試練じゃなくてチャンスなのだろうな。

だから、今は辛いし甘えたい気持ちに負けそうだけど、自分と周りを信じて、また一つ乗り越えていこうと思う。そして今までどおり、自分の持っている特殊なものをいい方向にどんどん発揮し続けて、自信を失わないようにしたいと思う。



P.S.こんなことを恐れずにブログに書けるようになったのも、今まで沢山の人からのサポートがあったからこそです。本当に皆さんありがとう。これからも自分なりに前進していくので、応援よろしくお願いします。
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