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アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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「がんばった」幸せ、「がんばらない」幸せ

今年もまもなく終わろうとしています。今年は去年までの数年間とは比べ物にならないくらい自由に気持ちの赴くままに一年を過ごすことができました。去年まで4年間所属していた学校を思い切って離れたことで、時間だけでなく気持ち的にもオープンになることができて、自分に必要なものがどんどん入ってくるようになった一年間でした。もちろん、去年まで働いていた学校への愛着は簡単になくせるものではなく、生徒たちやアシスタントの子たちとすごした日々を懐かしく思い出すこともよくあります。でもそれ以上に、どこにも所属していないカジュアルの身であることで、色んなところから声がかかるようになったことが嬉しくて楽しくて、結果的には心の穴なんか開く間もないほど充実した毎日を送ることができました。


2017年は



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折り紙教室をパブリックの教室でやらせてもらえるようになったり、

高校生200人の前でお話しさせていただいたり、

 

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3年以上ぶりに太鼓でステージに出させてもらったり、

素敵なよさこいチームの仲間とパレードに出て念願の優勝を果たせたり、

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大学で日本語のコースを教えるお仕事をいただいたり、

バンド仲間とイベントを盛り上げたり、


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アウトバックに野生のオカメインコを見に行ったり、

マリーバの広大なファームで子供たちと一緒にネイチャーウォークしたり、


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 バケーションケアなど色んな所に折り紙教えに行ったり

新聞やラジオで自分の活動を紹介する機会をいただけたり、


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家庭菜園楽しんだり、

夏休みの間素敵なお店でバイトさせてもらったり、、

 

なんか、こんなに楽しいことだらけでよかったのかなって思うほど充実していました。

 

 

私が大きく変わったなと思ったのは、今年はあまりがんばらなかったこと。変な言い方ですが、「がんばらない」ことほど私にとって難しいことはないかもってくらい、私は「がんばらない」ことが苦手。(悪い意味で。)集団の中でコミュニケーションを取ったり空気を読み取ったりするのが難しい私は、常に周りに嫌な思いをさせたり恥ずかしい思いをするのを恐れて気を張って生きてきたように思います。特に「〇〇学校の先生」という肩書を責任という言葉に変えて背負っていた去年までは、その気を張った状態が当たり前になっていたために、自分の満足のいく仕事のクオリティを保つために色んなものを知らずと犠牲にしていたようでした。それをやめてみてから気が付いた、「がんばらないこと」の大切さ。何もしないことや自分勝手に行動することではなく、「気の赴くままの選択をすること」が、それまで色んな人にさんざん言われてきた「がんばらないで」の意味だったのかなと、ようやく分かりはじめたのでした。

 

 

今まで気の赴くままの選択をすることが怖かったのは、私が選択することはだいたい一般大衆とは逆を行くことが多いため、それを正されたり判断されることを恐れていたように思います。実際、今まで沢山の人に正されて来たし、それが社会勉強というものだからそれを経て大人になってきたわけで、人に判断されたり人と違うことを正されるのは避けては通れないもの。でも、ようやく30代半ばという歳になって、「人と違ったってこれが私よ!」という自信(+諦め?)と、実際人から正される機会も年齢とともに減っていくという事実とが相まって、やっと自分の心に素直に従えるようになってきたのかなぁと思います。

 

 

 

そして自分の心に素直に従えるようになって、今までとは違う幸せを感じられるようになりました。

 

それまで、幸せは「努力で勝ち取るもの」「奉仕したら返ってくるもの」のように思っていました。

「日本に興味を持つ生徒たちが日本語を使えるようになるのを見届けたい」

その気持ちと責任感のために4年間色んな嫌なことにも耐えて「頑張って」きたわけですが、私本人はそれが幸せの形だったので、色んなものをすり減らしていたことにすら気づかず、「お仕事楽しい。仕事は生きがい」の気持ち一つで、最終的には周りを心配させるほどワーカホリックになっていたように思います。

 

というか今でもその幸せの概念は変わらずに自分の性格のコアな部分にあります。

たとえば「この曲をピアノで弾けるようになりたい」と強く思ったら、気づいたら2時間没頭して練習してたとかよくあるし、その2時間は「弾きたい」の気持ちであっという間に経ってしまう2時間だから私にとっては努力でも頑張りでもなく「楽しみ」なのですが、気づけば肩がバリバリに凝っている。それを世間は“がんばりすぎ”と呼ぶんだろうなと。

だからそれは私の性格から来る幸せの感じ方なので、それはそれで自分の個性として受け入れつつ、人に「がんばりすぎないで」と心配されない程度を心がけるようにしています。(がんばって頑張らないようにしている、というか。。)

 

その“頑張る”ことで感じる幸せに加えて、今は、「自分らしさを発揮できている」ことにも幸せを感じられるようになった。正確に言えば、「自分らしさを周りの人がポジティブに受け止めてくれていることを感じられる」幸せ。それは周りに関係なく「自分は自分」と割り切ることによる自己満足とも違い、周囲の好感ありきの幸せなのでリスキーなのですが、ありがたいことに、今年は今まで以上にそういう幸せを感じることができました。

 

 折り紙教室に来てくれる人がいる

 ネイチャーウォークに来てくれる人がいる

 ピアノ伴奏や太鼓の機会をくださる人がいる

 日本文化を教える仕事をくださる人がいる

 活動をメディアに取り上げてくださる人がいる

 会った時に「応援してますよ」と声をかけてくださる人がいる

 

それが、今年私が気の赴くままに動いた結果得られた幸せ。周りの人が感じさせてくれた幸せ。

 

 

“がんばって”得る幸せ 

“がんばらないで”得られる幸せ

 

頑張って何かを達成する幸せも私らしいし、

気ままに私らしくいることで感じられる幸せもある

 

 

要は何が言いたかったかというと、今年は幸せな一年だったということ。“頑張る”ことをいつも楽しんできた自分に「お疲れ様」と、そして頑張ってないありのままの私をも幸せに感じさせてくれた周りの人たちに「ありがとう」と言いたい。

2018年も二つの幸せの形をバランスよく感じられる年になるといいな。

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