アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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I ♡ Cairns

ケアンズって街は、住んでる人にとって暑くて小さくて住みづらい田舎町という印象なのかなぁ?
今日、人と話していて疑問に思った。

私はケアンズのような場所をわざわざ探してここに的を絞って就職活動をしたくらい、この場所が大好き。暖かくて雨も多いトロピカル気候、それによって育つ深い森、その森によって保たれるユニークで希少な生態系。自然がすぐそばにあることで生まれる人間性、自然の魅力に惹かれて集まった多様な人種、その中でも割とメジャーな割合を占める日本人コミュニティという自分の居場所。その全部がそろう場所なんて、世界中どこを探してもないだろうって自信持って言えるくらい、私にとってこの街は特別な場所。

今日は友人とディープな話をした。東京みたいに大きな町に住んでいると、自然の流れが見えなくなる。個人より社会ありきの集合体の中では、ある物、起こる事全てが人工的に造られたもので、本当に必要だから作られた物、起こった事がどれなのか分からなくなる。ケアンズにいると、基本的に社会よりも個人ありきだから、作りたい、やりたいという自然に生じたエネルギーから物が生まれ何かが起こるように感じる。まるで手入れをしていない庭で植物が好きなように成長するように。

手入れをされた庭はきちんとしていて全体の調和は取れているのかもしれない。でも、人間が欲しくない植物は“雑草”として排除される。手入れをされていない庭のようなケアンズでは、一人一人が自分らしく生きていていい場所のように感じる。もちろんその分、なんでもあり!なシッチャカメッチャカさも出てきてしまうし、それも「さすがケアンズ」というか、小さな町ならではな雰囲気になっているのだと思う。そのシッチャカメッチャカな社会に振り回されて迷惑被った事だってもう数えきれないくらいある。それが一度に重なって、生活さえも危ぶまれるほど打撃を食らうこともある。けど、そういう打撃すらも、「何か意味があって起きているんだな」と素直に受け入れて流れが変わるのを辛抱強く待てるくらい、私は自然に起きる流れを信用できるようになった。自らの経験を以て。

コミュニティを形成する人の意志が自分に素直だからこそ、そこから生み出される社会の流れっていうものは生まれるべくして生じている流れであって、たとえそれが自分に不利益をもたらしても、無駄な流れなどないと思い素直に受け入れられる。小さいコミュニティだからこそ、自分が生み出している流れがコミュニティに伝わって一周して自分に返ってくるのが早い。だから生きがいも感じやすい。


みんなが伸び放題の庭では、庭全体のバランス次第で、上に伸びられない時はどうしたって伸びられない。でもその代わり、雑草扱いされて引っこ抜かれることもない。花を咲かせたいのにつぼみを剪定されることもない。伸びられない時は地下で根っこを伸ばしていれば、そのうちチャンスが訪れた時に伸びたいように伸び、時が来れば花だって咲かせられる。そんな自由さがケアンズにはあって、それがこの街の魅力ではないかと思う。だから、この街に住んでいる限り、自分に素直であり続け、周りの流れにも素直に逆らわず、コミュニティと関りながら自然な流れを自ら作り出していきたいと思った。 

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