アニマル×エデュケーション
Animal と Education がテーマのオージー娘が綴るつれづれ日記。

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オーストラリアのコミュニケーション

 NEGSに来て早1ヶ月余りが経ちました。「海外で仕事をする」という初めての体験をしているわけですが、学校という職場に身を置きながら少しずつ社会を学んでいます。
 職場でとても大事なことの一つにコミュニケーションがありますが、ここに来て特に、オーストラリア人のコミュニケーションの質というものがだんだん分かってきました。

 今までのイメージ的には、オーストラリアは英語圏の国なので、アメリカのコミュニケーションの特徴に近いのだと思っていました。つまり、何事も合理的に考え、コミュニケーションの中で不明な点はどんどんクリアにしていき、意見が合わない時はお互い納得いくまでとことん話す、といったもの。ですが、NEGSで先生方と関わりながら生活する中で、むしろ日本人のコミュニケーションに近い特徴を持ち合わせていることに気がつきました。個人的には英語圏の合理的に物事を考えるコミュニケーションが好きで、日本人のコミュニケーションに特徴的な「沈黙の美」というやつが好きではないので複雑な思いなのですが、オーストラリア人はアメリカ人のように何でも包み隠さずに伝えたり頻繁に意思疎通するというのはあまり得意ではないようです。

 何というか、オーストラリア人はコミュニケーションが不器用な人が多いように思います。(あまり“○○人”と型にはめて考えるのは良くない事ですが、あくまで私の見て思う印象で書かせていただきます。)
「私はこうだからこう思う」と自分の意見をはっきり持ちそれを伝えたがるアメリカ人のコミュニケーションでは、「嫌なことは嫌」と本人の前ではっきり口にし、お互いが納得いくまで話し続けることに労を惜しみません。それに対して、日本人は相手を不快に思わせることを避け、嫌と思っていても器用に隠し、器用に回りとうまく付き合います。
 オーストラリア人はというと、アメリカ人の頑固さと日本人の沈黙の美を足して2で割った感じ。頑固なわりには嫌と思うことを本人の前では言わない、でも言わないくせに器用に隠せずすぐに態度に表れる。だからよくコミュニケーション不足が原因で問題が起きるようです。


 
 私も何度か、トラブルを経験しました。
 もっと英語を話せるようになりたいから、恥ずかしがらずに先生方と気軽にお話しよう!と頑張っていたのですが、普段はいいけど職員室という仕事の場では、ほんの1分でも仕事の時間を取られるとすごく損した気分になるらしく、内心邪魔がられていたようです。それをF森先生に間接的に指摘を受けるまで気づく由もなく、ついでに「お茶を飲む時に音を立てないでくれ」というのも間接的に指摘され、とても嫌な思いをしました。どの先生もいつもニコニコしているから誰にそう思われていたかも分からないし、言いたいことはその時に直接言って欲しいものです。日本でも同じような思いをよくしたものですが、後になって間接的に言われたり、言われずに距離を置かれていたりすることがとても嫌いです。
 それから、2週間も前に、私のNEGSでの位置づけが「日本語科でのヘルパー」から「Duty Mistress」という寮生の世話をするヘルパーに変わります、というアナウンスが先生達の間であったそうなのですが、それが私の方には伝わっておらず、色々困惑させられることがありました。吉祥生たちが日本に帰った後、日本語科でのヘルプの他にも何か仕事をしなければと思い、乗馬学校での掃除の仕事を始めました。だから、私は自分の位置づけは「乗馬学校のヘルプと日本語科でのヘルプ」と思っていたのですが、他の先生方の中では「YukaはDuty Mistressとして働いている」と思われていたようです。なので、一度中学生たちが夜図書館で勉強をする時間にDuty Mistressが誰も来なかったことがあって、その場にたまたま居合わせた私に「あなた、今日Dutyじゃないの?」と聞かれ、状況がよく分からず、「私はDuty Mistressとして仕事をするようには言われてません」と言って自分の事をしていたら、後になって何だか皮肉っぽいことを言われてしまい、積極的に手伝おうとしなかったことをすごく自責してしまいました。先日F森先生と話している中でそのすれ違いに気づき、上司に「私はDuty Mistressとして働いていることになっているの?」と聞いたら、「乗馬学校で働いていていい」と言われたので、たぶん彼女の中で、(先生方にアナウンスしたにも関わらず)私の位置づけは今まで通りでいいってことになったのだと思います。でも、そういう大切な内容がきちんと学校内で伝わっていないって、問題でしょう!誤解されることは大嫌いです。


 学校内で先生方のやりとりを見ていても、コミュニケーションが足りなくてちょっとした問題が起きるのをよく目にします。皆さん、本当がんこなので、よく陰口を言っています。でも本人の前では言わない。言わないのに態度は隠しきれず、険悪なムードが漂います。一時だけだけど。オーストラリア人に対して「いつも誰に対してもフレンドリー」というイメージを持っていたので、この差にはまだ慣れませんね。



 そう、多くの人が「オーストラリア人はみんなにフレンドリー」というイメージを持っていると思います。そのイメージは、全然間違っていません。仕事の時以外の普段の時は、皆さん本当にフレンドリーで、仕事のいざこざとか特に理由がない限りは誰にでも気軽に話しかけ、挨拶を交わします。ただ、仕事の時とそうでない時の切り替えがものすごくはっきりしているんです。基本的に普段は誰とでもフレンドリー、ただし仕事の時間は、お金をもらって自分の時間を割いているのだから、できるだけ早く終わらせるために仕事を進めることに集中します。だから、仕事で周りの人とコミュニケーションが必要な時は、なるべく端的に用件を伝え、端的に終わらす。もしくは、昼休みの時とかに、ここぞとばかりに色んな人とコミュニケーションを取る。職員室でおしゃべりしていることもあるけど、パッパパッパと会話した後すぐに仕事に戻る。ON/OFFの切り替えが見事なんです。

 F森先生の話によると、オーストラリアの職場では、お互いライバル同士みたいなピリピリした雰囲気がすごいらしい。NEGSはまろやかな方だけど、大学の教授とか、他の教授の成功を祝うどころかすごく嫉妬するらしい。そんなに生き残るのに必死な社会なのかなぁ??なんか嫌だなぁ。きっと大学生達も切り替えがすごいんだと思う。授業中とか、絶対真剣に集中したいだろうから、話しかけづらいんだろうな。日本の大学生と差がありすぎる(@_@;)



 
 話がコミュニケーションからそれましたが、要は、「人を傷つけたくない」というオーストラリア人の人柄ゆえ、そしてONとOFFの差がすごくはっきりしている社会の特徴ゆえ、ONの時は特に周りとのコミュニケーションが取りづらいのだと思います。でも、その分コミュニケーション不足が原因で色々問題が起こることは日常茶飯事で、みな寛容になっている部分もあるようです。私が巻き込まれた問題も、話したら、「あら、そうなの。」とあっさり理解してもらえました。というか、問題とすら思っていない感じでした。
 問題が起こって、この先この国の社会でうまくやっていけるのかと心配になったりもしましたが、逆手に取って考えて見れば、私もそんなにコミュニケーションが上手なわけではありません。自分の意見をはっきり直接伝えるのは得意じゃないし、やっぱり人を傷つける発言は控えてしまいます。そのくせ、嫌と思っていることが表に表れてしまうので、オーストラリアのコミュニケーションに対して文句を言える立場でもないんですね。

 ポジティブに考えてみれば、むしろオーストラリアのこういう社会は、結構自分に合っているのかもしれない。二つ以上のことを同時に考えるのが得意でないから、ON/OFFの切り替えをしっかりしてONの時はコミュニケーションを犠牲にしてでもしっかり自分のことに集中する。結構負けず嫌いだし。その代わり、OFFの時には誰にでもフレンドリーに、大らかに生きる。そんなオーストラリアの社会に、自分は結構合っているのかもしれない。切り替えをしっかりできるようにさえして、他の足りない部分は、持ち前のフレンドリーさで寛容に見てもらって、社会に適応していきたい。
 この国で、生きていきたい。前向きに、一歩一歩進んでいこうと思う。
 
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